人生で一度は味わいたい、日本近代文学の名作〜名作散歩〜

誰もが知っている名作だけれど、実は読んだことがない。難しそう……。
日本近代文学について、そんな印象を持っている方は多いのではないでしょうか。
ここでは、名作を残した文豪たちの中から、芥川龍之介、正岡子規の2人をピックアップ。
意外に知られていない、彼らのエピソードをご紹介します。
作者の背景を知ると、ほんの少し、近代文学を身近に感じられるかも…!?

正岡子規百の雅号を使い分けた正岡子規

伝統的な俳句・短歌の世界に新たな息吹を吹き込み、日本の近代文学に大きな影響を与えた正岡子規。文学評論、詩、随筆など多彩な分野で創作活動を繰り広げました。このような立派な業績を知らなくても、次の句はほとんどの方がご存じのことでしょう。

柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺

この句は、子規が親友・夏目漱石と故郷の愛媛・松山で共同生活を送ったのち、東京へ戻る途中、奈良に立ち寄った際に詠んだものです。ちなみに漱石も、この子規と一緒に暮らした松山での体験をもとに、小説『坊ちゃん』を書き上げます。

病への覚悟を表した雅号「子規」

正岡子規の本名は常規といい、幼名は處之助でしたが、4、5歳のころ、升に改められました。以来、家族や友人からは、親しみを込めて「ノボさん」と呼ばれるようになります。
明治22年5月、喀血し、肺結核と診断されます。当時、結核は不治の病といわれていたため、22歳にして、自分の命は残りわずかだと覚悟せざるを得ませんでした。このときから、俳句や短歌をつくる際に「子規」と名乗るようになります。子規とは鳥のホトトギスのことです。ホトトギスは、赤い口を開けて鳴く様子が「鳴いて血を吐くホトトギス」とたとえられ、喀血を連想させることから結核患者の代名詞とされていました。
子規が喀血してしまった5月は、ホロホロと散りやすい卯の花(ウツギの白い花)の季節であり、またホトトギスの鳴き声が聞こえはじめる時期でした。子規は自分をホトトギスに重ね合わせ、

卯の花の散るまで鳴くか子規

という句を読みます。ここには、限られた命と思い定め、命が果てるまで懸命に生きていこうとする子規の覚悟が込められていました。

友情から誕生した大文豪「漱石」

子規は、随筆集『筆まかせ』の中で「余は雅号をつける事を好みて自ら沢山撰みし」と述べているように、「子規」以外にも数多くの雅号を名乗っていました。『筆まかせ』には、普段使うものだけで、

常規凡夫 丈鬼 秋風落日舎主人 野暮流 盗花 沐猴冠者
莞爾生 蕪翠 獺祭漁夫 迂歌連達磨 色身情仏

といった雅号を挙げ、ほかにも、まれに使うものとして、

香雲 走兎 漱石 野球 浮世夢之助 猿楽坊主
一橋外史 面読斎 蒲蝠a夫

など50以上の雅号を挙げています。『筆まかせ』にこの文を書いたのは23歳のころですが、34歳で亡くなるまでには100以上の雅号を使ったと言われます。

左:正岡子規 右:夏目漱石 左:正岡子規 右:夏目漱石

先に挙げた雅号の中の「漱石」について、子規は『筆まかせ』に、友人の仮名となったと記していますが、この友人とは何を隠そう夏目漱石のことです。「漱石」は中国の古典を元にした言葉です。ある人が「石に枕し、流れに漱がん(石を枕にして寝て、川の流れで口をすすぐ)」と言おうとし、間違って「石に漱ぎ、流れに枕す」と言ってしまったものの、「石に漱ぐのは歯を磨くためで、流れに枕するのは耳を洗うためだ」と言い訳して誤りを認めませんでした。ここから、頑固で負け惜しみが強いことを「漱石枕流」と表すようになりました。
子規はこの言葉を雅号の一つとしていましたが、のちにこれを親友・漱石に譲り、大文豪・夏目漱石が誕生するのです。

ユーキャン出版事業部刊行『名作散歩』より一部抜粋

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